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水戸地方裁判所 昭和48年(レ)39号 判決

控訴人 大貫英雄

〈ほか二名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 荒川良三

被控訴人 柴田和彦

右訴訟代理人弁護士 会沢連伸

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

≪以下事実省略≫

理由

一  被控訴人が本件土地の所有者であること、本件土地は被控訴人から訴外丸谷に賃貸されていたものであり、同人が同土地上に本件家屋を所有して同土地を占有してきたこと、昭和四五年一月一四日丸谷から明糖不動産に本件建物の所有権および本件土地の借地権が譲渡され次いで昭和四七年五月三一日競落によって明糖不動産から控訴人大貫、同加藤産業が各自持分二分の一ずつの割合で本件家屋の所有権を取得し同控訴人らが現に本件土地上に本件家屋を共有して本件土地を占有しており、控訴人横山が本件家屋に居住して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、丸谷が明糖不動産に対し本件家屋の所有権と共に本件土地の賃借権も譲渡したことを理由に丸谷との間の本件土地賃貸借契約を解除した旨主張するので、その解除の意思表示の効力について判断するに、≪証拠省略≫によれば、丸谷は昭和四五年一月一四日明糖不動産から金一〇〇万円を弁済期同年三月一五日の約定で明糖不動産宛に金額ならびに満期がいずれも右金額および弁済期と同一の約束手形一通を差し入れて借受け、その貸金債権の担保として本件家屋の所有権を明糖不動産に譲渡したこと、右譲渡の前後を通じ本件家屋の一部には控訴人横山が丸谷から賃借して居住しており、その余の部分は丸谷が使用し、控訴人横山の家賃は丸谷に支払われるなど本件家屋の使用状況には丸谷から明糖不動産に本件家屋の所有権が貸金債権の担保として譲渡された後も何ら変化がなかったこと、また本件土地の地代も引続き丸谷から被控訴人に支払われていたこと、しかし丸谷は前記債務の弁済期を徒過して借入金の支払ができず、同年一一月一〇日債権者との間に元利金合計金一一五万六、一五〇円を目的として同額の準消費貸借契約を締結したうえこれを三口に分割し、金三一万八、六三三円を昭和四六年二月二八日までに、金三四万九、八四六円を同年三月三一日までに、金四八万七、六七一円を同年四月三〇日までにそれぞれ支払うことを約し、その支払のために明糖不動産宛に金額ならびに満期をいずれも右三口の債務の金額ならびに弁済期と同一にする約束手形三通を差し入れながら丸谷は同年二月ころから行方不明となり右債務の支払はなされず現在に至っていること、丸谷が行方不明になってからは控訴人横山が本件家屋の全部を使用するようになり、家賃も従前の一か月金六、〇〇〇円から金一万五、〇〇〇円に値上げし丸谷の代わりに明糖不動産の社員であった控訴人大貫に支払っていること、被控訴人は昭和四六年六月分までの本件土地の地代は丸谷から先払いとして受領していたが、その後の地代は丸谷の失踪のため支払を受けていないこと、被控訴人は本件土地の賃借権を明糖不動産に無断譲渡したことを理由に丸谷に対する賃貸借契約を解除することとし、公示送達の手続により解除の意思表示をし、該意思表示は昭和四六年九月八日丸谷に送達されたものとみなされたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する≪証拠省略≫中丸谷から明糖不動産に対する本件家屋所有権の譲渡が代物弁済によるものであるとの記載部分は作成名義人の何らかの錯誤にでたものと認められまた≪証拠省略≫中明糖不動産は代金一〇〇万円をもって丸谷から本件家屋を買受けた旨の証言部分は採用できない。

右認定事実によれば、丸谷から明糖不動産に対する本件家屋の所有権の移転の実体は金一〇〇万円の貸金債権の譲渡担保であると認めることができる。

そして一般に借地上の家屋の所有権を他に譲渡した場合には、その家屋の解体を目的とするなどの特段の事情のないかぎり、当該借地権もそれに随半して譲渡されるものと解され、この理は借地上の家屋を譲渡担保に付した場合でも、家屋の所有権はいったん有効に移転しその敷地の借地権も譲渡されるものとみなされるから、別異に解すべきではない。しかしながら、このことから直ちにその敷地の借地権につき民法第六一二条第二項所定の解除の原因となる無断譲渡があったものとも解せられない。すなわち、賃借権の無断譲渡がなされた場合には、原則として賃貸人は民法第六一二条第二項により賃貸借契約の解除をなし得るのであるけれども、当該賃借権の譲渡が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情が存するときには賃貸人の解除は許されないものと解されるところ、借地上の家屋を譲渡担保に付する場合には終局的確定的に権利を移転する趣旨ではなく、かつ被担保債務を完済すれば該家屋を取戻し得るのであるから、別異に解すべき特段の事情のないかぎり、一応賃貸人に対する背信行為はないものと認めて然るべきだからである。これを本件についてみてみるになるほど控訴人ら主張のとおり丸谷から明糖不動産に対する本件家屋の譲渡は譲渡担保としてなされたものであり、その前後を通じ本件家屋の使用状況に変更はなく、地代も丸谷から被控訴人に支払われていたことが認められるから、これらの事実からすれば、かかる時点においては未だ被控訴人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものということができる。しかしながら、前記認定事実によれば、丸谷は昭和四五年三月一五日の弁済期を徒過するも被担保債務の返済ができず、同年一一月一〇日いったん元利金合計を算出しこれを三口に分割して支払うことにしたものの、同人は昭和四六年二月ころ右債務の返済をすることなくそれまで居住していた本件家屋から退去して行方をくらまし右債務の返済を怠ったのみならず、昭和四六年六月分以降は本件土地の地代を被控訴人に支払わなかったのであり、その後本件家屋は控訴人横山が全部を使用するようになると共に明糖不動産は家賃を金六、〇〇〇円から金一万五、〇〇〇円に値上げして、同会社の社員である控訴人大貫を通じてこれを受領していたのであるから、かかる事実関係のもとでは、被控訴人が昭和四六年九月八日公示送達の手続により丸谷に対し無断譲渡を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした時点においては、丸谷が債務を返済して本件土地を取戻し得ることは到底期待できなくなっていたものであり、これに加えて右認定の諸搬の事情を勘案すれば、被控訴人に対する背信行為がなかったと認めるに足りる特段の事情があったものとは認め難いから、右解除は有効と解するほかない。

三  次に、本件家屋には丸谷を債務者とする根抵当権が設定されており、明糖不動産がその所有権を取得したのち債権者である訴外茨城県信用保証協会の申立により右根抵当権の実行による任意競売が行なわれ、昭和四七年五月三一日控訴人大貫、同加藤産業が各自持分二分の一の割合で本件家屋を競落してその所有権を取得したことは、当事者間に争いがないところ、控訴人大貫、同加藤産業は、被控訴人に対し明糖不動産から同控訴人らに対する本件土地についての借地権の譲渡を承諾しないなら借地法第一〇条に基づく建物買取請求権を行使する旨主張するので判断するに、同控訴人らが本件家屋の所有権を取得したのは昭和四七年五月三一日であり、既に説示したとおりその以前である昭和四六年九月八日被控訴人と丸谷間の本件土地の賃貸借契約は解除されていることが認められる。ところで借地法第一〇条に基づく建物買取請求権は土地賃貸人の承諾があれば適法に従来の借地権を取得し得る地位にある第三者に建物保護のため付与された権利であると解されるから、その権利を有効に取得するためには借地権の存続中において建物所有権を取得することを要するのであり、本件では右の要件を満たしていないことが明らかである。

したがって、控訴人大貫、同加藤産業の建物買取請求権の主張は失当である。

四  控訴人横山は、適法に本件家屋を賃借しているものとしても、その所有者である控訴人大貫、同加藤産業が被控訴人に対しその敷地の借地権を主張できず、かつ本件家屋の買取請求権も行使できない以上、本件家屋に居住し本件土地を占有する何らの権原も有しないことが明らかである。

五  以上のとおり、被控訴人の本件土地の所有権に基づく、控訴人大貫、同加藤産業に対する本件家屋を収去して本件土地の明渡を求める請求、控訴人横山に対する本件家屋から退去して本件土地の明渡を求める請求はいずれも理由があるのでこれを正当として認容すべく、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 太田昭雄 武田聿弘)

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